要点
レイヤー2ソリューションは、ブロックチェーン技術に内在するスケーラビリティの制約への対応策として誕生しました。
Lightning Network(ライトニングネットワーク)は、ブロック承認を必要としない高速トランザクションを実現し、効率的なマイクロペイメントを可能にします。
マルチシグネチャアドレスとハッシュタイムロックコントラクトにより、安全でスケーラブルな決済機能を提供します。
はじめに
暗号資産には、際立った特徴があります。ハッキングに強く、簡単にシャットダウンされることはなく、そして第三者を仲介せずに誰もが世界中で価値の移転手段として利用できます。
このような特徴を確実に維持するにあたり、代わりに大きな制約を受け入れています。暗号資産ネットワークの運営には多くのノードを必要とするため、ネットワークのスループットには限界があります。その結果、ブロックチェーンネットワークの1秒あたりのトランザクション数(TPS)は、大規模な普及を目指す技術としては比較的小さいものとなっています。
ブロックチェーン技術がもつこのような制約への対応として、ネットワーク上でのトランザクション処理回数を増加させるスケーラビリティソリューションが数多く提案されています。この記事では、スケーラビリティソリューションの一例であるBitcoinプロトコルを拡張したライトニングネットワークについて取り上げます。
ライトニングネットワークとは
ライトニングネットワークは、Bitcoinブロックチェーン上で動作するネットワークで、高速なピア・ツー・ピア(P2P)トランザクションを実現します。これはBitcoinに限ったものではなく、他の暗号資産でも採用されているものです。
「ブロックチェーンとは別に動作する」という点について詳しく説明します。ライトニングネットワークは、オフチェーンまたはレイヤー2ソリューションと呼ばれるものです。この方法では、ブロックチェーン上にすべてのトランザクションを記録することなく、トランザクションを実行できます。
ライトニングネットワークはBitcoinネットワークとは別に、独自のノードとソフトウェアで運用されているものの、メインチェーン(Bitcoinネットワーク)とも通信しています。Bitcoinネットワークとライトニングネットワーク間でのやり取りには、ブロックチェーン上に特別なトランザクションを作成する必要があります。
最初のトランザクションでは、他のユーザーとの間でスマートコントラクトを作成します。詳細は後ほど説明しますが、まずはユーザー間でプライベート台帳を保持するスマートコントラクトを想定してみてください。この台帳には、たくさんのトランザクションを書き込めます。このトランザクションを確認できるのは、自分自身と取引相手だけです。トランザクションには特殊な設定が施され、どちらも不正行為はできません。
このミニ台帳は、チャンネルと呼ばれます。アリスとボブがそれぞれ5 BTCをスマートコントラクトに預けたとします。チャンネルには、2人とも5 BTCの残高があります。アリスは台帳に「ボブに1 BTC支払う」と書き込みます。すると、ボブは6 BTC、アリスは4 BTC保有していることになります。その後、ボブが2 BTCをアリスに送り返せば、アリスの残高は6 BTC、ボブの残高は4 BTCに更新されます。このような操作がしばらく続くとします。
どちら側も、あらゆる時点でチャネルの現在の状態をブロックチェーンに公開できます。その時点で、チャネルの各残高はチェーン上のそれぞれの側に割り当てられます。
名前の通り、ライトニングトランザクションは非常に高速です。ブロックの承認を待つ必要はなく、インターネット接続さえあれば迅速に決済できます。
ライトニングネットワークが必要とされる理由
これまでのところ、Bitcoinブロックチェーンのスケーリングソリューションとしてはライトニングネットワーク(略してLNとすることも)が優れているように思われます。Bitcoinブロックチェーンの巨大なエコシステムでの変更および調整するのは困難で、ハードフォークや壊滅的なバグのリスクすらあります。影響が甚大となるため、安易な実験も非常に危険だと言えます。
この実験を、メインのBitcoinブロックチェーンから切り離せば、より柔軟な対応が可能になります。何か問題が発生したとしても、Bitcoinネットワークに影響を与えることはありません。レイヤー2のソリューションであれば、15年以上にわたりBitcoinブロックチェーンプロトコルによって維持されてきたセキュリティを脅かす心配はないのです。
従来の方法から切り替えなければならない義務もありません。オンチェーントランザクションはエンドユーザーにとって通常通りに機能し続ける一方、オフチェーントランザクションという新たな選択肢が加わるにすぎません。
ライトニングネットワークの利用には、いくつかのメリットがあります。以下、主なものを紹介します。
スケーラビリティ
Bitcoinのブロックは約10分ごとに作成され、多くのトランザクションをまとめてでしか処理できません。ブロックスペースのリソースには限りがあり、トランザクションの実行には、ほかのトランザクションと競争してブロックスペースを確保する必要があります。マイナーは、マイニング報酬を重視するため、手数料の高いトランザクションから取り込みます。
トラフィックが混雑していなければ、複数のユーザーが同時にトランザクションを行っても問題にはなりません。手数料を低く設定すれば、トランザクションは先送りされ、次のブロックに含まれる可能性が高くなります。多くのユーザーが同時にトランザクションを送信すると、平均手数料が大幅に上昇する可能性があります。これまで、手数料が10ドルを超える場面が何度もありました。2017年の強気相場のピーク時には、手数料は50ドルを超えました。2021年4月、Bitcoinの平均トランザクション手数料は60ドルを超えています。
数千ドル相当のBitcoinのトランザクションでは、これでも問題にならないかもしれないものの、少額決済では実用的とは言えません。3ドルのコーヒーの支払いに、10ドルの手数料を払う人はいないからです。
ライトニングネットワークでは、チャンネルを開くときと閉じるときに、1回ずつ手数料を支払います。しかし、一度チャンネルを開けば、取引相手と追加手数料なしで何千ものトランザクションを行えます。トランザクション完了時に、最終的な状態をブロックチェーンに公開するだけで済みます。
大規模なスキームでは、ライトニングネットワークのようなオフチェーンソリューションに頼るユーザーが増加すれば、ブロックスペースはより効率的に使用されるでしょう。低価値で高頻度の送金は決済チャネルで行われ、ブロックスペースは大規模なトランザクションやチャネルの開閉に使用されます。これにより、システムにアクセスできるユーザー数が大幅に増え、長期的にはスケールアップが可能となります。
マイクロペイメント
ライトニングネットワークでのトランザクションでは最低数量がきまっており、約0.00000546 BTCとなっています。本稿執筆時点では、約38セントに相当します。これでもかなりの少額であるものの、ライトニングネットワークでは現在利用可能な最小単位である0.00000001 BTCまたは1satoshiの限界までトランザクション数量を引き下げることも可能です。
ライトニングは、マイクロペイメントにおいてとても魅力的な決済方法です。通常のトランザクションには手数料がかかるため、Bitcoinメインチェーンで少額を送信することは現実的ではありません。ただし、Lightningのチャンネル内であれば、ほんの僅かなBitcoinでも気楽に送信できます。
また、マイクロペイメントは多くのユースケースに適しています。ユーザーがサービスを利用するたびに少額を支払うサブスクリプションベースのモデルに入れ替わる可能性があるとの推測もあるほどです。
プライバシー
ライトニングネットワークには、高い機密性が保証されるとの二次的なメリットもあります。当事者間のチャンネルのやり取りを全体のネットワークに公開する必要はありません。ブロックチェーンデータを見て、このトランザクションでチャンネルが開かれたことはわかるかもしれないものの、そのやり取りの中身は必ずしも分かりません。当事者がチャンネルを非公開にした場合、その当事者のみがトランザクション内容を確認できます。
例えば、アリスがボブとのチャンネルを持ち、ボブがキャロルとのチャンネルを持つ場合、アリスとキャロルはボブを介してお互いに支払いを行えます。ダンがキャロルと繋がっている場合、アリスはダンに支払いを行えます。このように、相互接続された決済チャネルは大規模なネットワークへと拡大していきます。こうした環境では、チャネルが閉鎖されてしまえば、アリスが誰に送金したかを確認することはできません。
ライトニングネットワークの仕組み
ここまで、ライトニングネットワークがノード間のチャンネルに着眼している点に焦点を当てて説明してきました。次に、その仕組みを見てみましょう。
マルチシグネチャーアドレス
マルチシグネチャー(またはマルチシグ)アドレスは、複数の秘密鍵を使用できるアドレスです。マルチシグアドレス作成時に、資金操作時に使用できる秘密鍵の数を指定し、そのうちのいくつの鍵がトランザクションの署名に必要かを指定します。たとえば、1-of-5スキームであれば、5つの秘密鍵と署名を生成し、トランザクションの署名に必要なのは1つの秘密鍵だけとなることを意味します。2-of-3スキームは、3つの秘密鍵のうち、資産を操作するには3つの秘密鍵のうち2つの秘密鍵による署名が必要であることを意味します。
ライトニングチャンネルを開始する際、当事者は2-of-2スキームで資金をロックします。署名できる秘密鍵は2つしかなく、コインを移動させるには両方の秘密鍵が必要になります。ここで、先程のアリスとボブの例を再び取り上げます。以降2人はお互いに多くの支払いを行う必要があるため、ライトニングネットワークチャンネルを開設することにしました。
これは、2人が共同所有のマルチシグアドレスに3 BTCずつ入金することから始まります。繰り返しになりますが、ボブはアリスの同意がなければアドレスから資金を移動させることはできず、その逆も同様となります。
そこで、両者の残高を調整する用紙を採用することにしました。開始残高は、どちらも3 BTCです。アリスがボブに1 BTCの支払いをした場合、アリスが2 BTC、ボブが4 BTCを所有していることをメモしておくだけで済みます。このようにして、最終的に資金を引き揚げるまでの間、残高を追跡できるのです。
十分にあり得る話ですが、そのメリットはどこにあるのでしょうか。さらに、悪意を持って協力したがらない人にとっては都合のよすぎる話とはならないでしょうか。アリスが6 BTCを所有しており、ボブの残高がゼロであれば、ボブは資金の送金の最終決裁を拒否することで(おそらくアリスとの信頼関係は壊れるでしょうが)何も失わなくて済みます。
ハッシュ・タイムロック・コントラクト(HTLC)
上記のようなシステムは、既存の信頼されたセットアップよりも劣っています。アリスとボブの間の「契約」を強制する仕組みを導入することで、はるかに興味深いものとなります。それが、一方の当事者がルールに従わない場合、もう一方の当事者はチャネルから資金を引き出す救済策となります。
その仕組みが、ハッシュ・タイムロック・コントラクト(HTLC)と呼ばれるものです。難しく聞こえるかもしれませんが、実際には非常にわかりやすい概念で、他の2つの技術(ハッシュロックとタイムロック)を組み合わせ、決済チャンネル上でのいかなる非協力的な行為を排除するものです。
ハッシュロックとは、トランザクションの際に設定される条件で、特定の秘密を知っていることを証明できる場合のみ、資産の利用が認められるものです。送信者はデータの一部をハッシュ化し、受信者へのトランザクションにそのハッシュを含めます。受信者は、ハッシュと一致する元のデータ(秘密)を提示しなければ資金を受け取れません。そして、その元のデータ(秘密)を提供できるのは、送信者のみとなります。
タイムロックとは、指定された特定の時間以前には資産を利用できないとの条件を指します。これは、実際の時間またはブロック高で指定します。
HTLCは、ハッシュロックとタイムロックを組み合わせて作成されます。実際には、HTLCは条件付きの支払いを作成するために使用でき、受信者は特定の時間前に秘密を提供しなければならず、これにそぐわない場合送信者は資産を回収できます。この部分は例を挙げて説明した方が良いでしょう。アリスとボブに話を戻します。
開閉チャネル
先に、アリスとボブが共有するマルチシグネチャーアドレスに資金を提供するトランザクションを作成した例を示しました。しかし、これらのトランザクションはまだブロックチェーン上に公開されていません。もう1つ、最初にやるべきことがあります。
ボブから3枚、アリスから3枚のコイン。
この6枚のコインをマルチシグ環境から移動させるには、アリスとボブの2人の署名が必要になります。アリスが6枚のコインをすべて外部アドレスに送信するには、ボブの承認(署名)が必要になります。彼女はまずトランザクション(このアドレスにBitcoinの6枚を送信)をまとめ、自分の署名を追加します。
彼女は、トランザクションをすぐにブロードキャストすることもできますが、ボブが署名していないため無効になります。アリスは最初に不完全なトランザクションをボブに提出します。その後、彼が署名した場合、トランザクションは有効になります。
全員が誠実にふるまい続けるための仕組みは、まだできていません。先述したように、もう一方の当事者が協力を拒否した場合、資産は事実上動かせなくなってしまいます。それを防ぐための仕組みについて説明します。複数の要素が絡んでくるため、一度で把握できなければ読み返してください。
この時、この2人の当事者は別々に秘密を用意する必要があります。それらの秘密をAs(Aのsecret)、Bs(Bのsecret)と呼ぶことにします。アリスとボブはお互いに秘密を明らかにしてしまうと大変なことになるため、今のところ隠しておくことにします。2人は、それぞれの秘密のハッシュ(As)とハッシュ(Bs)を生成します。そして、秘密を共有する代わりに、秘密のハッシュを互いに共有します。
アリスとボブは、秘密のハッシュをお互いに共有します。
アリスとボブはまた、最初のトランザクションをマルチシグネチャアドレスに公開する前に、一式のコミットメントトランザクションを作成する必要があります。コミットメントトランザクションは、お互いの取引相手が資金を横領した場合の救済策として機能します。
前述のミニ帳簿のようなチャネルでは、コミットメントトランザクションは元帳を更新することとなります。コミットメントトランザクションの新しいペアを作成するたび、2人の参加者の間で資金の残高が調整されることになります。
アリスは2つのアウトプットを作成します。1つは彼女が所有するアドレスで支払うもので、もう1つは新しいマルチシグアドレスにロックされるものへの支払うものです。彼女はそれに署名し、ボブに渡します。
アリスの取引には1つはアドレスへ、もう1つは新しいマルチシグへの2つの出力があります。これらを有効にするには、ボブの署名が必要になります。
ボブも同様で、一方の出力は自分自身に支払い、他方の出力はマルチシグアドレスに支払います。それらに署名をしてアリスへ提出します。
こうして、非常に類似した2つの不完全なトランザクションが発生することになります。
通常、アリスはボブへのトランザクションに署名を追加し、トランザクションを承認できます。しかし、これらの資金はまだ資金が提供されていない2-of-2式のマルチシグから支払われていることになります。これは、残高がゼロの銀行口座から小切手で支払おうとしているようなものです。つまり、部分的に署名されたトランザクションは、マルチシグで署名されないと有効にはなりません。
新しいマルチシグネチャーアドレス(3BTCの出力先)には、いくつかの固有の特性があります。アリスが署名をしてボブに提出した不完全なトランザクションを見てみましょう。マルチシグの出力は、以下の条件で成立します。
両者が協力して署名する。
ボブが一定時間後に自身の署名のみで資産を使用できる(タイムロックが解除されるため)。
アリスがボブの秘密のBsを知っていれば、資産を使用できる。
ボブがアリスに提出したトランザクション
両者が協力して署名する。
アリスが一定期間後に自身の署名のみで資産を使用できます(タイムロックが解除されるため)。
ボブがアリスの秘密のAsを知っていれば、資産を使用できる。
どちらの当事者もお互いの秘密を知らないので、条件3の可能性はありません。また、トランザクションに署名した場合、相手のアウトプットには特別な条件が設定されていないので、相手はすぐに使用できることになります。タイムロック期間が解除されれば、自分1人の署名で使用できます。あるいは、相手と協力すればタイムロック期間内でも使用できます。
これでようやく、トランザクションを元の2-of-2マルチシグアドレスに公開できます。取引相手がチャンネルを放棄しても資金を取り戻せるので、最終的には完全に安全になります。
トランザクションが承認されると、チャンネルが稼働し始めます。この最初のトランザクションのペアは、ミニ台帳の現在の状態を示しています。現在、ボブには3 BTC、アリスにも3 BTCが支払うものとなっています。
アリスがボブに新たな支払いを希望する場合、両者は最初のセットを置き換えるために2つのトランザクションを新しく作成します。方法は同様で、半分にのみ署名します。アリスとボブは古いハッシュを放棄し、次のトランザクションのための新しいハッシュを交換します。
アリスがボブに1 BTCを支払いたい場合、2つの新しいトランザクションはアリスに2 BTC、ボブに4 BTCを加算します。このようにして、残高が更新されます。
両当事者は、最新のトランザクションに署名をしてブロードキャストすることで、ブロックチェーン上で「決済」を確定できます。しかし、両当事者がそうした場合でも、タイムロックが切れるまで待つ必要があるものの、もう一方の当事者はすぐに使用できます。ボブがアリスのトランザクションに署名をしてブロードキャストした場合、アリスは、条件なしの出力を持つことになります。
2人の当事者は、ともにチャンネルのクローズに合意できます(協力的クローズ)。これは、資金をチェーン上に戻すおそらく最も簡単かつ迅速な方法となります。相手の当事者からの応答が途絶えたり、協力が拒否された場合でも、タイムロック期間解除とともに資金を取り戻せます。
ライトニングネットワークが不正行為を阻止する方法
ここで1つの攻撃対象領域の存在に気がついたかもしれません。最新のボブの残高が1 BTCである場合、以前より多く持っていた時点のトランザクションのブロードキャストはどう阻止されるのでしょうか。彼にはすでにアリスから届いた半分署名済みのトランザクションがあり、そこに自分の署名を追加して2人の署名をブロードキャストすれば成立してしまいます。
これを阻止する方法はありません。ただし、実際に実行すると、残高全てが失われる可能性があるのです。ボブが実際にそれを実行して、アリスには1 Bitcoin、先ほどのマルチシグアドレスに5 Bitcoinを支払うという古いトランザクションをブロードキャストしたとします。
アリスはすぐに1 Bitcoinを受け取ります。一方、ボブは、マルチシグアドレスのBitcoinへのアクセスには、タイムロック期間が解除されるまで待つ必要があります。アリスがこのマルチシグアドレスの資金にすぐにアクセスできる条件には、前述の通りもう1つのものがありました。当時は持っていなかったもう一つの秘密が必要になる点です。2回目のトランザクションが作成された時点で、ボブはその秘密を公開していたため、この時点ではアリスはその秘密を知っていることになります。
ボブがタイムロックが切れるのを待つほか何もできない間、アリスは資金を移動させることができます。この処罰ベースのメカニズムでは、相手が自身の暗号資産にアクセスすることができるため、参加者が不正行為を行おうとする可能性が低くなります。
ペイメントルーティング
先に少し述べた通り、チャンネルは接続し合えるものです。接続できなければ、ライトニングネットワークは決済手段としてそれほど役に立つものとはなりません。毎日のカフェイン摂取のため、数か月間に渡りコーヒーショップとのチャンネルに500ドルをロックする人はいないでしょう。
実際、そんなことをする必要はありません。アリスがボブとチャンネルを開設し、ボブがすでにキャロルとチャンネルを開設していれば、ボブは2つのチャンネル間で決済をルーティング(中継)できます。これは複数の「ホップ(中継地点)」をまたがって機能します。つまり、アリスは接続経路上に存在している人であれば、誰にでも支払えることになります。
このシナリオでは、アリスは複数のルートを経由してフランクに到達することができます。実際には、最も簡単な経路が選ばれます。
ルーティングを提供する際、仲介者は少額の手数料を取る場合があります(必須ではありません)。ライトニングネットワークはまだ比較的新しいため、手数料市場はまだ実現していません。流動性に基づく手数料市場が実現することを予測する向きが強くなっています。
メインのBitcoinブロックチェーンでは、手数料はトランザクションがブロック内で占めるスペースで決定されています。送信される際の資産価値は関係ありません。1ドルでも1千万ドルの支払いでも、手数料は同じです。一方、ライトニングネットワーク内にブロックスペースは存在していません。
代わりに、ローカル残高とリモート残高の概念が用いられます。ローカル残高とはもう一方のチャンネルに「プッシュ」できる金額の残高で、リモート残高とは、反対側からこちらにプッシュできる金額の残高です。
別の例を見てみましょう。上記の経路の1つである、アリス↔キャロル↔フランクの経路を詳しく見てみましょう。
アリスからフランクへの0.3 BTCの送信前後のユーザー残高。
アリス↔キャロルとキャロル↔フランクの合計はそれぞれ1 BTCを所有しています。アリスのローカル残高は0.7 BTCです。今ブロックチェーン上で決済すれば、アリスは0.7 BTCを受け取り、キャロルはリモート残高(つまり0.3 BTC)を受け取ります。
アリスが0.3 BTCをフランクに送信する場合、彼女はキャロル側のチャネルに0.3 BTCをプッシュします。するとキャロルは、フランクとのチャネルのローカル残高から0.3BTCをプッシュします。その結果、アリスからの+0.3BTCとフランクへの-0.3BTCで差し引きゼロになるため、キャロルの残高は変わりません。
キャロルはアリスとフランクをつなぐ役割を果たしています。このことでキャロルは価値を失っているわけではないものの、運用上の柔軟性が低くなっています。キャロルはアリスとのチャンネルでは0.6 BTC使用できるものの、フランクとのチャンネルでは0.1 BTCしか使用できません。
アリスがキャロルにしか接続されておらず、一方でフランクは広範なネットワークに接続されている状況を想像してみてください。キャロルは以前、フランク経由で合計0.4BTCを他ユーザーに送金することが可能でしたが、現在は、0.1BTCしか所有していないため、プッシュすることができません。
この状況では、アリスは事実上キャロルの流動性を食いつぶしていることになります。何かインセンティブがなければ、キャロルとしては自身の立ち位置を弱く送理由はありません。そこで、キャロルは0.01 BTCごとに10 satoshiのルーティング手数料を請求するとことになります。こうすると、キャロルは「より強力な」経路において自分のローカル残高を犠牲にするほど利益を得られることになります。
前述したように、事実上、手数料を請求する必要はありません。流動性の低下を気に留めない人もいるかもしれません。また、受取人と直接チャネルを開設する人もいます。
ライトニングネットワークの限界
ライトニングネットワークがBitcoinのスケーラビリティ問題への解決策であることを証明されるのであれば、それに越したことはありません。しかし残念ながら、妨げに成り得る固有の欠点があります。
ユーザビリティ
Bitcoinは初心者にとって最も直感的でわかりやすいシステムとは言えません。アドレスや手数料など、慣れるまで混乱するかもしれません。Lightningクライアントの設定後、ユーザーは決済する前にチャンネルを開設する必要があります。これはなかなか時間のかかる手続きで、慣れないうちはインバウンド / アウトバウンド容量といった概念に圧倒されるかもしれません。
とはいえ、参入障壁を減らし、より合理的な体験をユーザーに提供できるよう、常に改善が行われています。
流動性
Lightning Networkへの最大の批判の1つは、トランザクション能力が制限されてしまう可能性についてです。チャンネル上でロックした以上の資産は使用できないのです。資産のすべてを使い果たし、リモート残高側がすべてのチャンネル資産を保有している場合、チャンネルは閉じるしかありません。あるいは、他の人がそのチャンネル経由で決済するのを待つこともできるものの、理想的な対処法とは言えません。
チャンネルの全容量(総額)によってチャンネルが制限されることもあります。先ほどのアリス↔キャロル↔フランクの例を見てみましょう。アリスとキャロルのチャンネルの容量が5 BTCで、キャロルとフランクの容量が1 BTCしかない場合、アリスは1 BTCまでしか送信できません。その場合でも、キャロル↔フランクのチャンネルのキャロル側に全残高がなければ成立しません。ライトニングチャンネルでやり取りできる資金量が大幅に制限され、使い勝手に影響が出ます。
集中型ハブ
前述の問題から、ネットワークが巨大な「ハブ」を形成することになるとの懸念があります。これは、流動性が高く大規模で、かつ重接続となっているエンティティとなります。大規模な支払いは、これらのエンティティを経由する必要がでてきます。
明らかに、理想的な状況ではありません。これらのエンティティがオフラインになれば、ピア間の関係が大きく崩れるため、システムが弱体化することになります。また、トランザクションが行われるポイントが限られているため、検閲のリスクも高くなります。
ライトニングネットワークの現状
2024年3月現在、ライトニングネットワークは順調であると言えます。13,000以上のオンラインノード、52,000以上の稼働中チャンネル、4,570 BTC強の容量を誇っています。
ライトニングネットワークノードのグローバル分散化ネットワーク。
Blockstreamのc-lightning、Lightning LabsのLightning Network Daemon、ACINQのEclairなどがその一例です。技術的にあまり詳しくないユーザー向けに、多くの企業によってプラグアンドプレイのノードが用意されています。端末の電源を入れるだけで、ライトニングネットワークを開始する準備が整うものです。2018年にメインネットが開始されて以来、ライトニングネットワークは大きな成長を遂げています。
まとめ
2018年にメインネットがローンチされて以来、ライトニングネットワークは大きな成長を遂げています。現在、ライトニングノードを操作するには、ある程度の技術的知識も必要となり、ユーザビリティにおける障壁も残っています。一方で数々の開発が進んでおり、参入障壁は低くなっていくと予想されます。
参考文献
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